これは少し昔の古き良き時代の話である。
川の東側、街を南に少し下ったところに1軒の飲み屋がある。
道幅の狭い一方通行の左側、魚屋を右隣にしてその店はある。表に面して全面ガラス戸の旧い造作で、1歩中に入ると中央に土間が2間程、店の奥まで伸びている。左側は4人程度座れそうなカウンター席で、右側は小上がりが広がり折りたたみ式の簡易テーブルが2脚据えられている。テーブルの4面にはいやに膨らんだ座布団が敷いてある。座布団カバーの色はお決まりの小豆色だ。言い忘れたがカウンター席は銀メッキの支柱に支えられた赤いビニール製のこれもお決まりの椅子だ。申し訳程度の銀メッキパイプの背もたれがある。小上がりの奥は小部屋で麻雀マットが敷かれたコタツが中央にある。カウンターの中、手前には鋳物のガスコンロがあり直径50cmはありそうな大きなアルマイト製の鍋が、ふつふつとおでんの具材を暖めている。
おでんはこの店の住み込みママさんの自慢料理だ。
いつ行っても必ずある。というか他のメニューはあまりない。
生ビールなんてない。大瓶ビールだけで勝負だ。
しかし、利ザヤの大きい中瓶ビールもある事はある。
クーラーなんてあるわけない。団扇は無尽蔵にその辺に散らばっている。何度おじゃましても満席だった事はないが、お客がいなかったこともない。常連が存在しているのだ。
マスターの飲みっぷりはすごい。
口から喉、食道までを流しそうめんの割竹の水路みたいにななめ直線にかまえ、徐に口を開きグラス1杯のビールを胃まで一直線に流すのだ。喉がごくごくと鳴ったりはしない。流し込むのだ。重力で胃まで一直線、あっという間にビールは胃の腑に消えゆく。早い。圧倒的に早い。飲み始めはその儀式を3~4回おこない、その後やっと腰を据えて飲み出すのだ。おそらく店ではマスターが一番飲んでいるだろう。毎晩一番飲んでいる。
飲み代は信じられないくらい安い。たいてい2千円程度だ。
おでんとつまみ2~3品、大瓶ビール3本程度いただき、マスターに「おあいそ」と頼むと
マスターは一瞬考えて、大きな明るい声で「2千円!」と怒鳴るのだ。
間違いなく常連が存在している。
ママさんも人がいいのでお会計には何も口をはさまない。
間違いなく常連が存在している。
(なお、アイキャッチ画像と本記事の間にはいかなる関連もありません、)
街を流れる川に生息するfuna
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